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東京地方裁判所八王子支部 平成3年(ワ)1472号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告日蓮正宗、被告阿部日顕及び被告駒井専道は、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告日蓮正宗及び被告阿部日顕については平成三年九月二八日、被告駒井専道については同月二七日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

被告日蓮正宗が、創価学会寄りの僧侶と考えていた原告を排斥するために、被告日蓮正宗の代表者である被告阿部日顕(以下「被告阿部」という。)の指示のもとに、被告駒井専道(以下「被告駒井」という。)に原告に対する違法な査問行為をさせ、これに基づく虚偽の事実に基づき、原告を離弟処分にして、原告が従来支給を受けていた給料その他の手当てを差し止めたから、右査問行為は被告阿部、被告駒井の共同不法行為であるとして、原告が、被告らに対し、その精神的苦痛についての慰謝料の支払いを求めた。

一  争いのない事実

1  被告日蓮正宗は、「宗祖日蓮立教開宗の本義たる弘安二年の戒壇の本尊を信仰の主体とし、法華経及び宗祖遺文を所依の教典として、宗祖より付法所伝の教義をひろめ、儀式行事を行い、広宣流布のため信者を教化育成し、寺院及び教会を包括し、その他この宗派の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とする」宗教法人であり、被告阿部は、日蓮正宗(宗教団体(宗派)たる日蓮正宗をいう。以下同じ。)の法主、管長で、かつ宗教法人たる被告日蓮正宗の代表役員である。

被告駒井は、宗派の総本山たる大石寺の理事であつて、所化たる僧侶の育成を中心職務とする大石寺内事部学衆課の責任者であると共に、大石寺の塔中坊の一つである遠寿坊の住職である。

2  原告は、昭和五八年四月ころ、被告阿部を師僧として得度し、日蓮正宗の僧侶となり、平成元年三月まで大石寺において所化としての修業を重ね、その後、東京都狛江市所在の丙田寺に勤務した後、平成二年四月からは乙田寺に勤務しながら、被告日蓮正宗の僧侶の養成機関である東京都渋谷区所在の富士学林大学科に通学する、二等学衆の僧階を有する非教師の僧侶であつた。

3  原告は、平成三年五月二一日午前八時三〇分ころ、被告駒井からの電話で、原告の発言について至急確認したいので、大石寺に来るよう言われた。

同日午後、大石寺内事部第三談話室において、被告駒井と大石寺内事部学衆課主任の近藤道正(以下「近藤」という。)とが、原告に対し、同人の右発言の有無につき確認した。

4  原告は、同月二五日、被告阿部から離弟処分を受け(以下「本件処分」という。)、その結果、日蓮正宗の僧籍を失うに至つた。

二  争点(共同不法行為の成否)

1  原告の主張

(一) 日蓮正宗は、平成二年一二月ころから、その信徒団体である創価学会との間の対立が表面化するに至つたが、これに伴い、日蓮正宗の内部においても、創価学会の方向性に強調する者とそうでない者との色分けが行われるようになり、被告阿部は、この機会にいわゆる創価学会寄りの僧侶を日蓮正宗内から排除しようと考えていた。

原告は、創価学会寄りの一人と見られていた乙山松夫が住職を務める乙田寺に在勤していたため、被告阿部らから要注意人物として目を付けられていた。

(二) このような状況において、被告阿部は、同人のもとに寄せられた、日蓮正宗及び被告阿部を批判する旨の原告の言動に関する投書(この投書の存在自体が虚構の可能性がある。)を口実に、原告の僧侶資格を剥奪しようと考え、被告駒井にその処置を命じることにした。そして、被告阿部は、被告駒井と図つて、右投書記載の言動を原告に認めさせて、これを理由に原告を離弟処分に付することにした。

(三) 被告駒井は、右準備を整えた上で、平成三年五月二一日に原告を呼び出し、午後二時ころから、大石寺内事部第三談話室において、原告を正座させた上、原告が信徒の葬儀等において、日蓮正宗及び被告阿部らを批判する発言等を行つたという投書が来ているとして、その具体的な発言内容を一六項目にまとめた被告駒井作成の書面に基づき、原告の発言の有無を問い糺した。

これに対し、原告が、右一六項目中一項目を除き、発言した事実が全く存在しないとしてこれを否定したので、被告駒井は、「お前はこういうことを言つただろう。」、「証拠として投書がいろいろな別の場所から来ている。」、「正直に言え。」、「お前みたいな不正直者は猊下の弟子としてやつていけない。」、「言つていなくてもそう思つているんだから、言つたと同じだ。」等と言つて、原告が右各項目に記載された事項を発言したものと一方的に決めつけ、威圧的言動をもつて原告を執拗に追及した上、右各項目に記載された事項が原告の発言であることを認める旨の文書の作成を強要したが、原告は、右一六項目中一項目を除いて、その発言内容を否定する旨の文書を作成した。

被告駒井は、原告が作成した右文書の内容に納得せず、執拗に書き直しを命じ、「言つただろう。」、「お前は言つた。絶対に言つた。」、「自分の発言内容として書け。」等と言つて、執拗に原告を追及した。原告は「寺に帰つてもう一度よく考えてきます。」と述べたが、被告駒井は、「書くまで帰つてはならない。遅くなれば泊まつてもらう。」等と言つて、これを聞き入れなかつた。そこで、原告は、やむなく、全く記憶になく、事実と異なるにもかかわらず、右各項目に記載された事項のうち一部について、自らの発言である旨を認める文書を書くに至つた。

しかし、その後も、被告駒井は、原告に対し、執拗に右文書の書き直しを要求し、原告が書き直す度にさらに厳しく原告を威圧して書き直しを強要したため、原告は、納得のいかないまま数回の書き直しをした。それでも納得しなかつた被告駒井は、原告に対し、原告が五回目に書いた文書の各項目につき、「これは何回言つた。五回か一〇回か。一〇回か二〇回か。」、「何人に言つた。五人か一〇人か。」等と問い詰め、原告が半ば投げやりに「五回言いました。」、「一〇人に対してです。」等と答えると、被告駒井は、その旨を右文書中に朱書で書き入れた上、「このままでは私が誘導したみたいだからもう一度書き直せ。」と強く命じて、六回目の文書の作成を強要した。

(四) しかし、原告が日蓮正宗ないし被告阿部を批判する発言をしたことはなく、また、そのような発言をする動機もなかつた。また、右査問行為は、原告の言動を報告する書面が本山に届いたことを根拠にして行われたが、そもそもこのような書面が存在するかどうかは疑わしく、さらに、被告駒井は、原告の発言内容の存否につき裏付調査を行つていない。

また、被告駒井の原告に対する査問は、午後二時ころから午後七時半ころまでの約五時間半にわたつたが、原告は、その間、正座したままトイレに行くこともできず、水分も夕食もとることのできない状態に置かれて、右各文書の作成を強要された。

したがつて、被告駒井の原告に対する査問行為は違法である。

(五) 被告阿部は、直接同人に対して釈明をしたいとの原告の要望を無視し、被告駒井の前記違法な査問行為によつて得られた資料のみを根拠として、平成三年五月二五日、原告を離弟処分に付し、日蓮正宗の管長、被告日蓮正宗の代表役員として右処分を承認した上、原告が従来支給を受けていた給料その他の手当てを差し止め、原告と被告日蓮正宗及び乙田寺との間の雇用関係を解消させた。

なお、被告日蓮正宗においては、所化は高校卒業後は日蓮正宗の各末寺に派遣されることにより、被告日蓮正宗との間で雇用関係に入り、末寺において、葬儀、法要、地鎮祭等の末寺住職の職務の代行ないし補佐、寺院の受付業務、塔婆作成、本堂内外の清掃等に従事し、その対価として毎月一定額の給与の支給及び衣食住の提供を受けているところ、原告は、本件処分の当時、乙田寺に派遣されており、被告日蓮正宗との間の雇用関係を維持したまま、末寺である乙田寺との間でも雇用関係にあつたものである。この点、被告らは、仏様に対する奉仕であることを理由に、原告の労働者性を否定するが、仏様に対する奉仕であつても、使用者の指揮命令に基づいて労務を提供するという側面がなくなるわけではないし、また、労務提供をする寺院の従業員と同様の業務を行う所化が、その対価として給料を得ている以上、右従業員と異なる取扱いをすることは不当であるから、原告は、被告日蓮正宗の被用者としての地位を有する。

(六) 日蓮正宗においては、僧侶として得度する者は師匠たる僧侶(師僧)を定めなければならず、現在は、日蓮正宗総本山大石寺の住職である被告阿部が必ず師僧となることになつており、原告は、昭和五八年三月、被告阿部を師僧として得度して日蓮正宗の僧侶となつたものの、未だ日蓮正宗における教師資格(権訓導以上の僧階に任命された者)を取得していない非教師僧侶(所化)であつたため、師僧である被告阿部及び所化を統括する大石寺内事部学衆課の一定の管理下に置かれていた。また、被告駒井は、右大石寺内事部学衆課の総責任者(御仲居)の地位にあり、被告阿部の指示の下に所化を管理する立場にあつた。

したがつて、被告駒井の前記違法な査問行為は、被告阿部の指示の下、被告阿部及び被告駒井の管理下に置かれていた原告の処分を予め目的として行われたものであるから、被告駒井は、原告に対し、不法行為責任を負う。また、被告阿部は、右違法な査問行為を指示し、これによつて得られた虚偽の事実に基づき、原告の師僧として、原告を離弟処分に付して原告の日蓮正宗の僧侶としての身分を喪失させ、原告と被告日蓮正宗及び乙田寺との間の雇用関係を解消させたから、被告阿部は、原告に対し、不法行為責任を負う。そして、右違法な査問行為は被告阿部及び被告駒井の共同で行われたものであるから、両名は連帯して、原告に対し、その損害を賠償すべき責任を負う。

さらに、被告阿部は、日蓮正宗の管長として右離弟処分を承認し、被告日蓮正宗の代表役員として、原告が乙田寺から従来受けていた給料その他の手当てを差し止めたものであるところ、右行為は日蓮正宗の管長ないしは被告日蓮正宗の代表役員の職務行為であり、これにより原告に損害を与えたものであるから、被告日蓮正宗は、宗教法人法第一一条一項に基づき、又は同条に準じて、原告に生じた損害につき、被告阿部と連帯して賠償する責任を負う。

(七) 原告は、被告阿部及び被告駒井の共同による前記違法な査問行為により、大きな精神的苦痛を被つたばかりか、本件処分によつて僧侶としての身分及び被用者としての地位を喪失させられたことにより、著しい精神的苦痛を被つたものであり、その慰謝料は金一〇〇〇万円に相当するから、原告は、被告らに対し、連帯して金一〇〇〇万円の支払い及び遅延損害金の支払いを求める。

2  被告らの答弁及び主張

(一) 本件処分には法律上の争訟性がなく、本件訴えは不適法な訴えであるから却下されるべきである。

原告の請求は、本件処分の効力、手続の当否を前提としているところ、そもそも、日蓮正宗の僧侶たる地位は宗教上の地位であり、また、法主と弟子との師弟関係は、契約関係ではなく、日蓮正宗が七〇〇年にわたり培つてきた伝統ある宗門内の特別ないし特殊な結縁であり、信仰の社会における内部問題にすぎないから、本件処分の当否については、裁判所は審判権を有しないと解すべきである。仮に、審判権を有するとしても、本件処分の効力、手続の当否を判断するためには、日蓮正宗の教義、信仰等に立ち入らざるを得ないから、裁判所が介入すべき法律上の争訟性はない。

(二) 原告の被告らに対する請求はいずれも理由がない。

(1) 被告駒井は、原告に対し、自発的に発言内容を書かせるために、紙とペンを渡して、近藤と共に第三談話室の外に出ていたし、また、第三談話室の鍵はかけられていなかつたから、原告は自由に退室し、トイレに行くこともお茶を飲むこともできる状況にあつた。そして、被告駒井が原告に対して殴つたり怒鳴つたりしたことはなく、終始、任意性の保障された形での事情聴取であつたし、右事情聴取にある程度の時間を要したのは、原告の発言が意味不明の上、転々としたからであつた。また、原告の供述内容の変遷に対し、被告駒井が前記書面の書き直しを認めたところ、原告の方から「もう一度書かせてください。」と申し入れてきたものであり、いずれの書面においても、原告は任意に記載しているものである。

さらに、右書面中の発言内容についても、例えば、「猊下は悪鬼入其身である。」との発言については、当法廷でこの発言をしたと認める旨の供述をしている。

(2) したがつて、原告主張の「違法な査問行為」のなかつたことは明らかであるから、これ自体が不法行為であるとの原告の主張は理由がないし、また、「虚偽の事実に基づく地位の喪失及び解雇」が不法行為であるとの主張については、右「違法な査問行為」の存在を前提とするから、やはり理由がない。

また、原告は、師僧である被告阿部による本件処分により、自動的に僧籍を失つたものであり、日蓮正宗が右処分を承認するということはなく、単に右処分通知を受理したにすぎないから、そもそも原告の被告日蓮正宗に対する請求はこの点でも理由がない。

(3) さらに、原告は被告日蓮正宗及び乙田寺の被用者の地位にないから、その地位の喪失ないし解雇が不法行為であるとの原告の主張は、この点からも理由がない。

すなわち、原告が労務の提供であると主張する、葬儀等の受付、塔婆板の発注、清掃等の、儀式以外の一般業務は、もつぱら末寺在勤の僧侶がこれらの寺務を通じて修行し、日蓮正宗の僧侶としての本分を体得し、僧道を全うするために行われる修行の一部であり、日常の法務である。したがつて、僧侶の地位は被用者としての地位ではない。

また、原告は、所化が末寺に派遣される段階で雇用契約が成立すると主張するが、大石寺大坊における在勤と末寺における在勤とを区別する理由は明らかでなく、そもそも師弟関係を雇用関係と構成する誤りを犯している。

第三  判断

一  経緯

以下の証拠によれば、本件の経緯は次のとおりであると認められる。

1  被告阿部は、日蓮正宗の法主で、その管長であると共に、被告日蓮正宗の代表役員である。被告駒井は、宗派の総本山である大石寺の塔中坊の一つである遠寿坊の住職であると共に、大石寺の理事であり、法主の弟子である所化の育成を中心職務とする大石寺内事部学衆課の責任者である(以上、争いがない)。また、被告駒井は、御仲居として、法主である被告阿部の側役等を務めると共に、被告阿部の指示の下、非教師である所化の教育及び生活全般にわたり指導監督する立場にあつた。

一方、原告は、昭和五八年四月ころ、被告阿部を師僧として得度し、日蓮正宗の僧侶となり、平成二年四月からは、被告日蓮正宗の富士学林大学科に通学しながら乙田寺に在籍する非教師の僧侶であつた(争いがない)。

2  被告日蓮正宗は、平成二年一二月、信徒団体の一つであつた創価学会が、被告阿部を蔑視ないし軽視する発言をしたとして、池田大作名誉会長等の十数名の総講頭及び大講頭の職にあつた者の資格を喪失させたが、これを契機に、日蓮正宗においては、僧侶等に対し、正しい現状認識をし、被告阿部の指南及び宗務院の方針に従つた行動をとるようにとの指導がなされるに至つた。その一環として、教師指導会とは別に、非教師指導会が平成三年一月一八日及び同年三月三〇日、三一日に開催された。

3  このような状況の下、被告駒井は、同年一月下旬ころ、日蓮正宗の本山に登山してきた、東京都狛江市所在の丙田寺の丙川住職から、原告が、丙田寺総代であり、創価学会多摩川圏副圏長であつた丁原某(以下「丁原」という。)宅で、「私は池田先生を尊敬しています。」、「池田先生は正しいので、先生について行けば絶対間違いありません。」、「私は池田先生を守つて行きます。」等と発言しているのを第三者を通じて聞いた女性がいるとの報告を受けた。

また、同年四月ころ、大石寺の被告駒井のもとに、匿名の女性から電話で、乙田寺の受付の若い所化が、「宗門と猊下は間違つていて学会は正しい。」、「学会は仏意仏勅の団体である。」、「池田先生について行けば絶対間違いありません。」等と話していたが、僧侶としてはいかがなものかとの苦情があつた。

さらに、同年五月ころ、戊田寺の戊川住職から、大修寺の阿部住職を通じて、被告駒井に対し、原告が、同月三日夜の老人ホーム施設で行われた通夜の席上、「猊下は瞬間湯沸器である。」、「猊下は体の具合が悪く、カロリー制限した食事療法をしているため、毎日イライラしている。」、「猊下は悪鬼入其身である。」との発言をした旨を第三者を通じて聞いたとの報告があり、その内容を第三者に確認した上で戊川住職が作成した文書がファクシミリで送信されてきた。

そこで、被告駒井が、同月中旬ころ、戊川住職からの聞き取りについて、被告阿部に報告し、御仲居である被告駒井が、原告を呼び出して、右各発言が事実であるか否かを確認するための事情聴取をしたいと申し出たところ、被告阿部はこれを了承した。

4  同月二一日午前八時三〇分ころ、被告駒井は、乙田寺の原告に対して電話をかけ、原告の発言につき至急確認したいことがあるので、大石寺に来るように求めた(争いがない)。具体的には、原告の発言につきいくつかの投書が来ているので、その内容につき確認したいとのことであり、原告は、乙田寺の住職である乙山松夫の許しを得て、総本山の大石寺に向かつた。

なお、同日朝のうちに、被告駒井は、原告に対する事情聴取の準備として、丙川住職や戊川住職らから原告と思われる者等の発言として伝えられたものを、原告の発言である可能性が高いと思われるものも、その可能性が低いと思われるものも取り混ぜて、別紙一記載のとおり(但し、赤字部分を除く)、一六項目に分けて記載した「発言内容」と題する書面を作成した。その内容は、「1.私は池田先生を尊敬しています。」(以下「<1>の発言」という。)、「2.私は池田先生を守つていきます。」(以下「<2>の発言」という。)、「3.宗門は間違つていて学会は正しい。」(以下「<3>の発言」という。)、「4.宗門や猊下の嫉妬である。」(以下「<4>の発言」という。)、「5.猊下は瞬間湯沸器である。」(以下「<5>の発言」という。)、「6.猊下は学会を正しく理解していない。」(以下「<6>の発言」という。)、「7.猊下は間違つている。」(以下「<7>の発言」という。)、「8.猊下は一部の僧侶にだまされている。」(以下「<8>の発言」という。)、「9.猊下は魔である。」(以下「<9>の発言」という。)、「10.猊下は悪鬼入其身である。」(以下「<10>の発言」という。)、「11.学会は大聖人様の仏意仏勅の団体である。大白蓮華の引用あり。」(以下「<11>の発言」という。)、「12.池田先生について行けば絶対間違いない。」(以下「<12>の発言」という。)、「13.僧侶は大変贅沢で堕落している。」(以下「<13>の発言」という。)、「14.猊下は体の具合が悪いので食事療法しカロリー制限しているので毎日イライラしている。」(以下「<14>の発言」という。)、「15.学会は今宗門を改革しようとしている。」(以下「<15>の発言」という。)、「16.宗門はこのままでは潰れてしまう。」(以下「<16>の発言」という。)というものであつた。

5  同日昼ころ、原告は、大石寺に到着し、内事部に顔を出したところ、被告駒井から、大食堂で昼食を済ませてくるように言われ、さらに、来客があるので第三談話室で待つように言われた。被告駒井は、午後の来客が帰つた後、午後二時ないし二時三〇分ころ、大石寺内事部学衆課主任の近藤と共に第三談話室に現れた。

被告駒井は、原告を第三談話室の絨毯の上に座るよう指示し、正座した原告に対し、原告の発言と思われるものがいくつか被告駒井の耳に入つているので確認したいと前置きした上で、前記一六項目記載の書面を示して、一項目ずつ読み上げ、その都度、原告の発言であるか否かを確認していつた。これに対し、原告は、右一六項目すべてについて、間髪入れずに「ありません。」「ありません。」というように答えたので、被告駒井は、別紙一記載のとおり、右書面中に赤字で<1>の発言の横に「ありません。」と記載し、以下の発言の横に「〃」と記載した。なお、<14>の発言については、さらに「住職が話したかも知れません。」と書き加えた。

6  被告駒井は、同人のもとに寄せられた前記情報や右原告の応答の態度から推して、原告が被告駒井の質問に正直に答えているとは到底考えられなかつたところから、再度、原告に対し、<1>ないし<16>の各発言についての発言の有無を確認するため、原告に別の紙とペンを渡し、右一六項目記載の書面を参照させながら、それぞれの発言の有無とその内容を書かせることにし、近藤と共に、第三談話室の外に出た。この時、近藤が、被告駒井に対し、原告と二人だけで話をさせてほしいと申し出たため、被告駒井はこれを了承し、内事部の仕事に戻つた。

その後、原告が書き終わつたとの報告を受けて、被告駒井と近藤とは第三談話室に入つた。<1>ないし<16>の各発言についての原告の記載内容は、別紙二記載のとおりである。これによれば、<3>の発言、<4>の発言、<6>の発言、<7>の発言、<9>の発言及び<14>ないし<16>の各発言については「無」と記載されていたが、例えば、<5>の発言については、「ある学会のかん部が、受付においてこのような発言をしたので、学会の中ではこういうのが通つているなと感じ、受付などでは否定してきたが、いざ通夜終了後の席などで大カン部がずらりすわつている所で、宗門の正義を唱えてもしようがないので、「そうですね」「あるカン部が『猊下は瞬間湯沸器』だと言つてましたけど」と発言した。」と記載され、<10>の発言については、「(近藤)道正御尊師に話しましたが、通夜後の席で、大カン部に「名誉会長は悪鬼入其身ですか、それとも猊下ですか」と聞かれた時に、「どつちもどつちじやないですか。僕にはわかりません。」と答えた。私は、どつちもそうじやない、むしろ池田氏の増上慢だという意味で言いましたが、言葉の使い方が悪い。」と記載されていた。

7  これを見た被告駒井は、特に<10>の発言についての「どつちもどつちじやないですか。僕にはわかりません。」という原告の発言は、「どつちもそうじやない。むしろ池田氏の増上慢だという意味で言つたものである。」という説明に納得がいかず、原告が実際に発言したところを正直に述べていないのではないかという感じを受けたので、原告に対し、直接、発言の趣旨を質したところ、原告は、右記載どおり、名誉会長も猊下もどちらも悪鬼入其身ではないという意味で言つた等と述べたことにとどまつたので、さらに原告の発言内容を糺す必要があると考え、原告に対し、もう一度書き直すよう求め、近藤と共に再び席をはずした。

これに対する原告の記載内容は、別紙三記載のとおりである。これによれば、<3>の発言、<6>の発言、<7>の発言及び<9>の発言については「有りません」ないし「無」と記載されており、<5>の発言及び<10>の発言については、従前の記載とほぼ同様であつた。

8  原告が、別紙三記載の<13>の発言についてまで書き終えたところで、第三談話室に入つてきた被告駒井は、原告がまだ正直に自己の言動を述べてはいないと感じ、この上は、原告に隠し立てなく自己の言動を告白させるためには、日蓮正宗の僧侶たる身分を弁えず、創価学会の宣伝に乗り、現法主を誹謗する言説をなしたと疑われている原告の言動に対して、総本山が事情聴取をする契機となつた、今回の日蓮正宗と創価学会の対立の原因につき、原告がどのように認識しているかを書かせる必要があると考え、その旨原告に指示した。原告は、別紙四記載のとおり、「今回の原因について」及び「今後どうしたらよいか」と題する書面を作成した。

これと同時に、被告駒井は、原告に対し、<1>ないし<16>の各発言についての更なる書き直しを求め、近藤と共に再び第三談話室を出た。午後四時半ないし五時ころ、原告は、別紙五記載のとおりの書面を作成した。これによれば、<3>の発言、<6>の発言、<7>の発言、<9>の発言及び<14>ないし<16>の各発言については「有りません」と記載されており、<5>の発言及び<10>の発言については、従前の記載とほぼ同様であつた。

9  被告駒井は、午後五時半から知人の送別会に出席する予定になつていたため、原告に対する事情聴取はこれで終わりにしようと思い、原告に対し、別紙五記載のとおり、末尾に日付、署名、指印を求めた。その上で、被告駒井が改めて、原告に対し、一項目ずつ記載の趣旨を確認していつたが、その際の<10>の発言についての原告の供述が、これまでの記載ないし供述とは異なり、現法主自身が悪鬼入其身であることを肯定するかの如き発言を原告自らがしたというようなニュアンスに受け取れたところから、仮に、原告自らがそのような発言をしたのが事実であるとすれば、由々しい一大事であると考えた被告駒井は、今一度原告の発言の真意を確かめるため、原告に対し、もう一度書き直すかどうか確認した。これに対し、原告は書き直しを希望したので、被告駒井は近藤と共に再び席をはずした。

書き直された書面の記載内容は、別紙六記載のとおりであり、やはり末尾に原告の署名及び指印がなされていた。これによれば、<3>の発言、<6>の発言、<7>の発言、<9>の発言、<15>の発言及び<16>の発言についてはこれを否定する旨が記載されていたが、<10>の発言については従前の記載とは異なり、「「猊下でも凡夫の御立場であるから、悪鬼入其身を現ずる場合もある。」と言いました。」と記載されていた。

10  被告駒井は、右<10>の発言についての原告の記載内容の重大さに驚き、送別会出席を取り止めて、原告の発言内容の確認を徹底することにした。そこで、被告駒井は、別紙六記載の書面をコピーした上、原告に対し、一項目ずつ発言内容、時期、発言をした回数、人数等につき確認して、原告の回答を赤字で書き加えていつた。その内容は別紙七記載のとおりである。

被告駒井は、原告に対し、これで終わりにする旨を告げた上で、別紙七記載の書面をもとに、一項目ずつ発言内容、発言回数、人数等を自ら書くように指示し、再び第三談話室を出た。原告が作成した書面は、別紙八記載のとおりであり、末尾に原告の署名及び指印がなされている。これによれば、<9>の発言、<15>の発言及び<16>の発言についてははつきり否定しているが、例えば、<10>の発言については、「「猊下でも凡夫の御立場であるから、悪鬼入其身を現ずる場合もある。」「猊下は悪鬼入其身である。」と言いました。4~5回、20人の方に言いました。」と記載されていた。原告に対する事情聴取が終わつたのは午後六時半くらいであつた。

11  原告に対する事情聴取を終えた被告駒井は、同日午後七時半ないし八時ころ、送別会から戻つた被告阿部に対し、事情聴取の結果を報告した。これに対し、被告阿部は、被告駒井に対し、原告の処置につき学衆課で検討するよう指示した。

翌二二日、学衆課の構成員一〇名による緊急会議が開かれ、被告駒井が原告の事情聴取の結果を報告し、原告の処置につき会議に諮つたところ、会議では、原告が、創価学会の幹部らの面前で「猊下でも凡夫の御立場であるから、悪鬼入其身を現ずる場合もある。猊下は悪鬼入其身である。」等と発言したことは、日蓮正宗の宗祖たる日蓮大聖人以来の唯授一人の血脈を相承し、日蓮正宗の僧侶がその指南に信伏随従すべき現法主の阿部日顕上人に対する最大の誹謗であり、ましてや現法主を師と仰いで尊崇し、その教導のもとに日々の修行に励むべき所化の身分の僧侶でありながら、そのころ日蓮正宗と深刻な対立関係にあつた創価学会に調子を合わせて、現法主に対してこれ以上はない誹毀、讒謗をなすことは、日蓮正宗の教義、信仰の根本を根底から覆すことになる等の理由から、離弟処分はやむを得ないとの結論に達した。同日夕方、被告阿部に対し、学衆課決定事項が報告され、被告阿部の決裁がなされた。

12  同月二四日、被告駒井は、乙田寺に電話を入れ、原告に対し、離弟処分になつたことを伝えると共に、右処分を通知するので本山に来るよう指示した。

翌二五日、被告駒井は立会人と共に、原告に対し、学衆課全員一致の決定で、被告阿部の決裁も経たとして、離弟処分を通知し、同月二七日正午までに乙田寺を出るよう指示した。さらに、被告駒井は、原告に対し、本件処分につき、今後一切異議申立てをしない旨を記載した誓約書を作成するよう求めた。

その際、原告は、被告駒井に対し、謝罪すると共に、もう一度僧侶をやらせてほしい旨懇願し、嘆願書を書かせてほしいと頼んだため、被告駒井は立会人と共に部屋を出た。その後、被告駒井は、原告が書き上げた誓約書及び嘆願書を預かり、学衆課において嘆願書につき再度検討し、被告阿部にもこれを見せたが、従前の経過からこれを認めるわけにはいかないということになり、原告に対し、再度、離弟処分を通告した。

13  なお、その後、日蓮正宗から創価学会に対し、同年一一月七日付けで「創価学会解散勧告書」が、同月二八日付けで「創価学会破門通告書」が出され、日蓮正宗の寺院たる佛乗寺から、同宗大願寺信徒である池田大作名誉会長に対し、平成四年七月四日付けで、信徒除名処分についての弁疏の機会を与える旨の通知書が、同年八月一一日付けで同人を信徒除名処分に付した旨の通告書が出された。

二  争点に対する判断

1  訴え却下の申立てについて

被告らは、仮に、原告の請求が本件処分の効力、手続の当否を前提としているのであれば、右当否の判断のためには日蓮正宗の教義、信仰等に立ち入らなければならず、原告の請求には、裁判所が介入すべき法律上の争訟性がないと主張する。

しかし、原告の請求は、当初、被告日蓮正宗の被用者の地位の確認を含むものであつたが、その後の訴えの変更により、被告阿部及び被告駒井の共同不法行為責任並びに右共同不法行為存在を前提とする被告日蓮正宗の宗教法人法上の責任に基づく損害賠償請求に変更されているところ、本件処分の前提となつている被告駒井の原告に対する事情聴取の方法、態様等につき、不法行為が成立するか否か、仮に成立した場合、被告阿部がこれに加担しているか否かについては、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であつて、日蓮正宗の教義、信仰等に立ち入るまでもなく、裁判所において当然に判断できるものであるから、原告の請求は、法律上の争訟にほかならない。

したがつて、被告らの訴え却下の申立ては理由がない。

2  共同不法行為の成否

原告は、被告阿部及び被告駒井による共同不法行為の内容として、違法な査問行為の存在と、右に基づく虚偽事実の申告による雇用関係の解消とを主張するので、以下、順に検討する。

(一) 違法な査問行為の主張について

(1) 原告は、被告駒井が、原告に対する事情聴取の際、当初から原告を離弟処分に付することを被告阿部と協議の上、問題となつた発言に関する裏付調査をすることなく、原告に対し、午後二時ころから午後七時半ころまでの間、原告を正座させた上、トイレに行かせず、水分も夕食もとらせないまま、威圧的言動をもつて執拗に前記各発言の有無を追及し、何度も書き直させた上で前記各発言を認める旨の書面の作成を強要し、これをもつて本件処分を行つたから、このような違法な査問行為は、被告駒井及び被告阿部による共同不法行為であると主張する。

しかし、既に認定した前記一記載の経緯に加え、《証拠略》によれば、確かに、午後二時ないし二時半ころから午後六時半すぎまでの四時間ないし五時間にわたり、原告を第三談話室の床の上に正座させて事情聴取を行い、その間、原告はトイレに行かなかつたし、飲食はしなかつたことが認められるが、一方、被告駒井は、事情聴取に際し、別紙七及び別紙八の書面作成の時を除いて近藤を同席させていたこと、前記一六項目の発言についてその発言内容等を記載した書面を原告に作成させるにあたつては、その都度、被告駒井は近藤と共に席をはずしていたこと、被告駒井は原告に対し、そこに座るよう言つただけで、正座するようにとは言つておらず、原告が自発的に正座をしたこと、原告はその本人尋問において、正座して何時間もたつて朦朧としてきたと供述するが、第三談話室の床の上には絨毯がひかれており、事情聴取の間は原告がそこに正座していたとしても、被告駒井らが第三談話室から退室する度に足を崩すことは十分可能であつたこと、被告駒井は事情聴取の間、原告からみて近藤よりも離れた位置にあるソファにずつと座つており、立ち上がつたことはないこと、被告駒井が原告に対して暴力等、有形力の行使をしたことはなかつたこと、原告は以前、大坊に六年いたので、第三談話室の隣が茶の間でお茶を飲めることや、同じ階にトイレがあることを知つていたこと、第三談話室に鍵はかかつていなかつたこと、そもそも被告駒井は、前記一六項目の発言を記載した書面を作成する際に、その中に原告の発言である可能性が高いものも低いものも取り混ぜていたこと、被告駒井は原告に対して何回も書面を書き直させているが、それは原告の回答が辻褄の合わない点があり、微妙に変わつたり、意味不明であつたり、あるいは原告の方からもう一度書き直させてほしいと頼んだこともあつたからであること、原告は、被告駒井から具体的な文案を示して書き直すよう言われたのではなく、その都度、原告の頭で考えて書き直していつたことを原告本人尋問において自認しており、その内容は極めて具体的かつ詳細であること、被告駒井は原告が<10>の発言を認めたことを特に重視していたことが窺われるところ、仮に原告自身の発言であつたとした場合には、<10>の発言と同程度に日蓮正宗の教義、信仰の根本を覆す重大な発言と推測される<9>の発言につき、原告は最後の作成書面まで一貫して発言したことはない旨否定しており、<9>の発言については原告の主張通りの書面が作成されていること、他の発言でも一貫して否定し続けているものが存在するが、それらについて被告駒井が書き直しを命じている形跡は全くないこと、被告駒井は、同人のもとに寄せられた情報がいずれも間接的な情報であつたため、原告の発言と思われるものの裏付調査をしようとしたが、もとの発言を聞いた者が誰であるか等の情報源については、情報提供者の方で秘匿してほしいとの要望があつたため、直接、被告駒井がこれを確認することを断念したものであつて、根も葉もない単なる噂に基づいて、原告に対し、いわれのない疑いをかけてその事情聴取をしたわけではないこと等が認められるから、これらの点に鑑みれば、原告の主張を採用することはできない。

さらに、原告は、被告駒井が日頃から所化に対して暴力をふるう等の行為があり、所化から恐れられていたとして、原告が被告駒井の要求通りに発言を認めていかざるをえなかつたと主張するようであるが、既に認定したように、日蓮正宗にとつて重大な発言についても原告が一貫して否定し続けているものがあることや、その発言内容が極めて具体的であること等からすれば、仮に、被告駒井が日頃から体罰を含む厳しい指導をしていたとしても、そのことのみをもつて、本件の原告に対する事情聴取に強要等の不法行為があつたと認めることはできない。

(2) また、原告の当法廷における供述は、かなり変遷しており、これを信用することはできない。

すなわち、《証拠略》によれば、原告は、被告駒井の本人尋問が終わつた後の原告本人尋問において、事情聴取の際の最初の三〇分ないし四〇分には被告駒井からものすごく厳しい追及があつて、原告が<10>の発言をしたことを認めるよう、特に執拗に言われたと供述しているが、被告駒井の本人尋問を経る前の原告本人尋問においては、そのような供述は全くされていないこと、反対に、被告駒井はその本人尋問中で、原告が自ら進んで<10>の発言を認めたが、なお真実を話していないような気がしたので、繰り返し原告に書き直しを命じたところ、原告は進んで書き直しに応じ、遂に「猊下は悪鬼入其身である」旨の発言を自らしたことを自認するに至つたものである旨供述していること、原告は、被告駒井の本人尋問前の原告本人尋問においては、近藤から、何か信徒から誤解されたと思われる発言があれば言つてほしいと言われたことはないと供述していたにもかかわらず、被告駒井の本人尋問後の原告本人尋問においては、近藤からそう言われたことを前提として、被告駒井らの厳しい追及を何とか許してもらうために、被告駒井らに迎合して、<10>の発言につき信徒に誤解されたような発言を原告の方で創作したと供述していることがそれぞれ認められるから、原告の当法廷における供述が、被告駒井の本人尋問の前後において、極めて重要な部分において食い違つていることは明らかである。

さらに、原告は、自分の発言が信徒に誤解されたように書けば許してもらえると思つて<10>等の発言につき認める記載をしたと言うが、日蓮正宗の教義、信仰からして、むしろ<10>の発言を認めてしまえば、離弟処分を免れる可能性は極めて低くなることが予想されることからすれば、原告の供述を全く信用することはできない。

(3) 他に、本件において、被告駒井の原告に対する違法な査問行為があつたと認めるに足りる証拠はない。

(4) 以上より、本件において、被告駒井の原告に対する違法な査問行為があつたと認めるに足りないから、これを内容とする共同不法行為の主張は理由がない。

(二) 雇用関係の解消の主張について

(1) 雇用関係の有無

《証拠略》によれば、原告は、まず、非教師(所化)として修行中の身ではあるものの、乙田寺の住職の名代として、葬儀での読経、唱題等、宗教的な儀式ないし行事を行つていたほか、乙田寺の一般の(在家の)従業員と同様の仕事である、受付業務、住職のスケジュールの管理、寺の本堂等の清掃、念珠や経本の販売、電話番、名簿の作成等も行つていたこと、原告の食費、居住しているアパートの家賃、光熱費、富士学林大学科の給食費等は、すべて乙田寺が負担していたこと、これとは別個に、原告に対し、毎月二五日に金五万円が支給され、合わせて「給料支払明細書」と題する書面が交付されていたことがそれぞれ認められる一方、僧侶に対して従来、衣食住に関わる「衣鉢費」として支給されていた金員が、昭和四〇年代に税務署の指導により、給料扱いとなり源泉徴収されるようになつたこと、特に非教師の場合、一人前の僧侶になるための修行は御本尊に対する奉仕であり、その一環として末寺における勤務が行われていることが認められる。

これらの事実によれば、確かに、原告の勤務内容には宗教色のない仕事も含まれてはいるものの、その仕事は、使用者としての末寺のためのものではなく、原告自身の信仰生活の一部としての奉仕であると言わざるを得ない。また、支給される金員が給料扱いとなつているのは、税務署の指導によるものであるとの経緯に鑑みれば、形式上のものであると考えることができる。

(2) したがつて、原告と被告日蓮正宗との間に雇用関係が存在すると認めるに足りない以上、その不法な解消を内容とする共同不法行為の主張は、理由がない。

(三) なお、原告は、共同不法行為の内容として、既に検討した二点のほか、違法な手続による離弟処分に基づく僧侶としての身分喪失と雇用関係の解消をも主張しているとみられなくもない。

しかし、既に述べたように、裁判所において、日蓮正宗の教義、信仰等に立ち入ることなく、離弟処分そのものの違法性の存否を判断することはできないから、これに基づく共同不法行為の主張は、主張自体失当というべきである。

3  以上より、被告阿部及び被告駒井による共同不法行為の存在を認めるに足りないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 宇佐美隆男 裁判官 山野井勇作 裁判官 釜井裕子)

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